
Interview
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Interview
2021/08/01
GUEST
精神科医・心療内科医
臨済宗建長寺派林香寺 住職
川野 泰周
日常+禅の理論で心を整えるマインドフルネス
川野 泰周(かわの たいしゅう)1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修後、慶應義塾大学病院精神神経科等で精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行をし、2014年末より横浜にある臨済宗建長寺派林香寺住職となる。現在は寺務のかたわら横浜のクリニック等で、うつ病、神経症、PTSD、睡眠障害などに対し、従来の精神療法や薬物療法と並び、禅やマインドフルネスの実践を含む心理療法を積極的に導入して診療にあたっている。著書多数。
INTERVIEWER
EPSホールディングス株式会社 代表取締役 会長代表執行役員
厳 浩
厳 浩(げん こう)1962年中国江蘇省生まれ。1979年天津大学入学。1981年中国国費留学生として日本に留学。山梨大学卒業後、東京大学大学院博士課程で医学統計を学びながら臨床試験の実践にも携わる。1991年株式会社エプス東京(現:EPSホールディングス株式会社)を創業し代表取締役社長に。2015年1月EPSホールディングス株式会社代表取締役会長に就任、現在に至る。
厳
川野先生は住職の家系に生まれたそうですが、大学は医学部に進学され、医師としてもご活躍ですね。なぜ医師になろうと思われたのですか。
川野
私は臨済宗建長寺派林香寺19代目の跡取りとして生を享けました。高校3年、17歳の時に父である18代目が47歳で死去。私は跡を継ぐつもりでしたので、禅寺の住職になるためには坐禅についてしっかりと専門的に学ばなくてはと考えました。そこで坐禅が人の心に与える影響や、心そのものについて研究したいと思い、精神医学を学ぶために医学部に進学したのです。
厳
心を学ぶことが目的だったのですね。
川野
卒業後は、30歳まで精神科の医師として働きました。当時は精神科でも薬に頼る医療が主流で、もっと患者さんに寄り添いたいという葛藤がありました。そこで別の角度から心を学ぶため、鎌倉の大本山建長寺専門道場で3年間の禅修行をしました。
厳
今は医師としても、住職としてもご活躍されているのですね。
川野
修行から戻って林香寺の住職に着任して間もなく、以前勤務していたクリニックの院長とのご縁で、診療を再開しました。現在は週に2回、精神科の医師としても働いています。
厳
医師に戻ってみてどうでしたか?
川野
気のせいかもしれませんが、患者さんの心を以前よりクリアに感じられるような気がしました。
厳
患者さんの真意が理解できるようになったということでしょうか。
川野
ええ、患者さんに集中して向き合えるようになりました。修行の成果なのかもしれません。
厳
住職を継ぐつもりだったとのことですが、その決心をしたのはいつ頃ですか?
川野
子供の頃から継ぐつもりでいました。祖父の17代目は、私が7歳の時に亡くなりましたが、檀家さんにとても慕われている人で、子供の頃からそんな風になりたいと思っていました。
厳
昔からお寺は文化の発信地ですからね。住職は学校の先生のような存在でもありました。
川野
そうですね。ですが、今は檀家制度そのものが受け入れられなくなってきています。現代人にとって寺は、先祖代々のお墓を護る場所というより、心の拠り所として存在するようになっているのです。
私は、一般の人がオンラインなどで気軽に僧侶と接し、健康づくりの一助としていただく「寺子屋ブッダ」という活動に理事として参加しています。これは宗派や檀家制度からは離れた活動です。檀家離れは、経済的には寺にとって厳しいですが、お釈迦様の時代の本来の仏教に戻ってきているのではないでしょうか。
厳
医と心は切り離せないと私は思っています。川野先生は住職と医師のダブルワークをされていて、その2つが完全につながっているのが興味深い。
川野
私は医療と仏教の原点は一緒だと考えています。もともとはブッダが、自らの苦しみを手放すために修行し、その智慧を多くの人に伝えたのが仏教ですから。
厳
日本人は明治維新で西洋的なアプローチ、つまりサイエンスに触れて、カルチャーショックを受けた。そして東洋の考え方を忘れていってしまった。西洋と東洋のどちらがいいかではなく、体の健康も心の健康も、ひとつのアプローチでは解決しないと思うのです。
川野
ええ。今は逆に、西洋の人が東洋的なことに注目しています。禅の逆輸入という現象も起きています。でもこれは、悪いことではない。西洋の視点を通すことで、よりわかりやすくなりました。
厳
鍼灸もそうですね。西洋が鍼灸に注目すると、一所懸命に研究してエビデンスを作ろうとします。そうすると日本人も鍼灸に興味を持つようになる。
それにしても、今の人は科学という言葉に弱すぎますね。黄門様の印籠みたいなもの(笑)。それが時に事態を悪化させることもある。これはもう「科学教」。科学を盲信してしまう。
川野
仏教や禅は、決して盲信をしないのです。
厳
コロナのような流行病は、ウイルスの科学的な研究に加え、それによって引き起こす社会の不安、心の問題をどうするかが大切だと思います。
川野
私もまさにそう思っていました。今だからこそ禅やマインドフルネスに学ぶことがあるはずです。
厳
先生は、マインドフルネスとはいつ出会ったのですか?
川野
医師に戻ってからですね。修行中は全く医学論文には触れていなかったので、最新の研究を学ぶために新しい論文を読んで勉強をしました。その時に、マインドフルネスを知ったのです。調べてみると、なんと、お釈迦様の修行がそのルーツになっている。普通の生活をしながら禅の理論で心を整えられるのが、マインドフルネスであると知ったのです。
厳
そもそもマインドフルネスとは何かを教えていただけますでしょうか。
川野
マインドフルネスは、「注意」をコントロールするものです。
人は記憶や情報に翻弄されてしまい、ものの見方を歪めてしまいがちです。思い込みで苦手意識を強く抱いたり、不安やパニックになったり。ですが、注意を自在にコントロールできるように鍛えることで、そういった症状を緩和できます。それがマインドフルネスです。
厳
坐禅と通じるところがありますね。
川野
とても共通点が多いのです。人間の悩みのほとんどは過去と未来のことです。マインドフルネスは、注意を「今」だけに向けることで、頭をクリアに研ぎ澄ませることができます。
坐禅も同じく、今に集中する修行です。ただ、禅の世界は解説をせずに坐禅という体験だけで身につけるので時間がかかる。マインドフルネスは理論をわかりやすく伝えるとともに、日常生活の中で禅の心を少しずつ体得してゆけるのです。
厳
仏教でいうところの「煩悩」からの解放に似ているのでしょうか。
川野
ええ。煩悩に支配されて苦しむ人を解決に導くのがマインドフルネスとも言えます。
厳
私はゴルフをするのですが、プレー中は注意はすべてボールに向かいます。他のことは忘れて、過去も未来も考えずボールに没頭できます。このように、自分を苦しめる事象以外に強い注意を向けるのは良いですね。煩悩を他の煩悩で中和させるというか。
川野
マインドフルネスは、「今、ここ」に注意を向けることです。「煩悩を煩悩で中和する」というのはとてもユニークなアイデアですね(笑)。
よく、コンピュータゲームに没頭するのもマインドフルネスかと聞かれますが、それは違います。実際に、やり過ぎてうつ病になる人がいますよね。実はコンピュータゲームは自分が意図をしなくても注意が向くように作られています。それは注意を「奪われて」いるのです。ですから、主体的に没頭できるものがいい。ゴルフとかテニスとかスポーツのような主体的な趣味に没頭している人でうつ状態になってしまう人は少ないように感じます。
厳
煩悩は捨てなくても良いのでしょうか。
川野
それができれば理想なのでしょうけれども、捨てられないのが煩悩なのではないでしょうか。いったんは煩悩だらけの自分という存在を受け入れてあげること。それがマインドフルネスの姿勢だと思います。
厳
なるほど、自己肯定ですね。
川野
新型コロナ感染の問題など、現在は医療の動乱期にあると思いますが、そんな中で会長の立場からこれから薬や医療技術がどういう方向にシフトしていくのかお聞かせいただけますか。
厳
薬や医療技術の評価に関して言えば、ランダム化比較試験(RCT)やダブルブラインドテストを超えるものはないでしょう。
薬の世界には「"3"た理論(さんたりろん)」というのがあり、ある薬を「使っ"た" 」ら「治っ"た"」、だからその薬は「効い"た"」という理論ですね。これじゃダメなのです。エビデンスになっていない。ちゃんとRCTをやって、効果や副反応はしっかりと検証しないといけません。しかし、それには膨大な検証時間、労力、コストがかかります。
川野
そうですね。ワクチン開発でもスピードが課題になっています。
厳
しっかりした検証とスピードをどう両立させるか・・・難題ですね。でももうすぐ、ビッグデータやAIを活用したパラダイムシフトが起きるのではないかと思っています。大量のビッグデータを扱う処理能力のあるコンピュータも、正しく予測できる高性能なAIも今は存在していますからね。
川野
なるほど、実現すれば医療の世界に革命が起こりますね。精神科の医師として気になるのが、鍼灸やマインドフルネスなど、薬を使わない場合のエビデンスをどう作っていくかということです。
厳
難しいですね。マインドフルネスはRCTで評価できません。計量化できないものは、評価できないのです。鍼灸もそうです。評価のためには盲検化が必要になります。薬だったらプラセボを使った評価ができますが、鍼灸は難しい。
川野
そこは大きなハードルですね。
厳
ですが、心を扱うなら、数値に頼らなくても良いと思います。計量化は大事ですが、計量化し過ぎるとダメ。偏差値では、本当の人間の能力はわかりません。私も多くの社員を抱えているので、数値だけではその人の力を測れないことを実感しています。ところで、川野先生は、これからの医療をどう考えていますか。
川野
従来の細分化された治療から、人間をまるごと治療する統合の時代に向かうと思います。医療だけでなく、世界も分断から統合へと向かうでしょう。自分たちの小さなコミュニティを主張することが、他者を傷つけることにつながっています。それが世界で様々な紛争を起こしています。マインドフルネスは、人間という動物が、同じ人間性を共有している動物だという認識を実感することにも役立つものです。
厳
医療から世界のあり方、人のあり方まで、素晴らしい考えをお持ちですね。今日は本当に良い話が聞けました。ありがとうございました。