
Interview
2024/04/01
暑苦しいほど愛ある経営を。
Interview
2022/09/01
GUEST
EPICURE(エピキュール)
オーナーシェフ
藤春 幸治
アメリカでの経験により生まれたダイバーシティな食の理念がケアリングフード
藤春 幸治(ふじはる こうじ)1976年12月15日生まれ。東京都出身。有名外資系ホテルで料理長を務めた経験を経て、アメリカでトップシェフとして活躍する伯父の元で哲学を学び帰国。米国での出会いによりインスパイアされた、新しい食文化「ケアリングフード」の概念を創案し、それを実現するための株式会社Wisteriaを立ち上げる。2014年、元麻布にレストラン「EPICURE」をオープン。飲食店のプロデュースをはじめ、企業との商品開発やプロモーションなどを手がけ、医師をはじめとする多方面の専門家と連携してケアリングフードを広めている。
INTERVIEWER
EPSホールディングス株式会社 副会長執行役員
田代 伸郎
田代 伸郎(たしろ しんろう)1955年2月18日生まれ。宮崎県出身。明治大学農学部卒。1978年株式会社相互生物医科学研究所(現株式会社ビー・エム・エル)入社。2001年株式会社ミント(現株式会社EP綜合)設立、代表取締役社長就任。2019年10月よりEPSホールディングス株式会社副会長に就任。2021年、EPSホールディングスの30周年事業である自社ビルプロジェクトにて、地域社会や社員のコミュニティの場となる「筑土テラス」などを手がけている。
田代
食と医療はどこかで必ず重なるものだと思っています。藤春シェフが手がける「ケアリングフード」もそのひとつだと思いますが、そこに取り組むきっかけは何だったのでしょうか?
藤春
アメリカにいる伯父との出会いです。あちらでは宗教や文化、ヴィーガンといった思想の多様性が当たり前で、そのすべてに対応する伯父の考え方と料理に感銘を受けました。ただそれをそっくり真似るのではなく、自分なりのオリジナルを作ろうと思ったのです。
田代
アメリカでの経験が原点でしたか。
藤春
きっかけはそこでしたが、思えば頭の片隅にはずっとあることが引っかかっていました。結婚式場で働いていたときのことです。糖尿病の新郎から料理の糖質を抑えて欲しいという要望があったのですが、そのときは対応できませんでした。結果、お客様からのご依頼で茹でたパプリカと牛肉をお出ししましたが、お祝いの席なのに「これでプロと言えるのか」という思いが強く残りました。
田代
それがケアリングフードに繋がるのですね。
藤春
一般的なレストランは「こういう料理なので気に入ったらまた来てください」という一方通行なんです。これが美容院だったら、ライフスタイルとか、結婚式なのかデートなのかというシチュエーションに合わせて、細かく対応しますよね。私も同じなんです。病気だから低糖質にしたいとか、プロテインを抜く、ナトリウムを抜くといったルールを課せられても、そこにインスピレーションだったり、自分の思想だったりをのせて料理を提供することが大切だと思っています。
田代
そもそもケアリングフードとはどういうものなのでしょう?
藤春
ケアリングフードは食事の概念です。今までは焼肉とか中華とか、食事をジャンルで選んでいたかもしれません。ところが今や食物アレルギーだったり、アスリートがパフォーマンスを上げるためだったり、ヴィーガンだったりと様々な理由で食事に求められるものが個別化しています。普段の食事で良質な炭水化物を何グラム、タンパク質は動物性と植物性を半々にしたいというアスリートもいますし、減量をしたいというボクサーもいます。しっかり食事を摂りながら必要な栄養素を選ぶことが当たり前の時代なのです。ケアリングフードが食事の選択肢のひとつに入れば、多くの人が気兼ねなく食事を楽しむことができるはずです。
田代
実際にお店ではどのようにメニューを組み立てているのでしょうか?
藤春
最初はなるべく広い範囲の人に対応できる食材、原料、調理法を選択します。そこから、例えばミルフィーユならパイ生地から三大アレルゲンを抜いて、動物性を抜いてとしていけばヴィーガンやアレルギーの方に対応できます。それだけだと低糖質には対応できないのですが、その場合は無理にパイ生地を使うのではなく、違う料理を提案しています。
田代
このミルフィーユはそうやって作られたのですね。とても美味しくてびっくりしました!
藤春
私にとっては食事制限がある人もない人も、すべての人が同じテーブルを囲めることが理想なんです。例えば、レストランに来ていたあるご家族のお父さんが糖尿病になったとします。そうなると家族揃ってレストランに来ることができなくなりますよね。食事制限は本人よりも周りの人に我慢させてしまうことも多いのです。
田代
本当にそうですよね。
藤春
その一人をケアすれば、また家族でレストランへ来ていただけるようになります。だからそのために色々な知識を勉強してきました。一人をケアしているようで、実は全体をケアできる。これはレストランとして担わなければいけないサービスだと思っています。
田代
今の話を聞いて医療と通じるものがあるなと感じました。私が尊敬するドクター達も、患者さんの後ろにいる家族までもきちんと診ているんですよ。医者の場合は喜ばすというよりも助けるということになりますが。それを目撃しているとね、自分たちでできることがあれば手伝いたいと思うんですよね。
田代
今日作っていただいた料理はどちらも美味しかったのですが、どのような発想から生まれたのでしょうか?
藤春
今回は"アレルギーの方にも食べられる料理"をテーマに考えました。普段、食べたくても食べられないであろう乳製品や小麦、卵などを使ったデザートや、バターを使ったソースとジューシーなステーキをまず思い描きました。そこからいかにしてアレルギー物質を除くか。一般の人用に作っている料理からアレルギー物質を除けば、食べられる人が多くなるということが嬉しいし、それをもっと知って欲しい。課せられたルールの中でどれだけ表現できるかが勝負なんです。
田代
人を喜ばせたいという気持ちがベースに感じられますね。そしてそこに必ず“すごいね”が加わるところが素晴らしい!
藤春
“すごいね”と思ってもらうために一番大切にしているのは味です。旨みがしっかりあって、本来の味わいとテクスチャーまできちんと再現できるように考え抜きます。食事制限をしている人が感動してくれる料理を作れるかというのが自分の料理人としての基準なんです。
田代
藤春シェフがやっているのはとてもニッチなことですね。我々の仕事も世の中の人から見たらニッチですけれど、でもニッチは必要です。
藤春
「レストラン」の語源はフランス語で回復という意味なんだそうです。もっとうちのようなレストランができればいろんな方に選択肢が広がるだろうなと思っています。
田代
確かにそうですね。
藤春
私は選択肢が広がると継続性が増すと思っているので、『EPICURE』は“選択と継続”をテーマにしているんです。つらい食事制限があってもたまにここで息抜きできれば続けることができるのではないか。そうなってくれることを信じているから、ブレずにやっていけるのです。
田代
ビジネスとして成り立っていかないと継続できないので、まだそれなりに大変かなとは思います。でもものすごくニッチなことをずっとやり続けると、オンリーワンでナンバーワンになるから、実は普遍性がでてくるんですよね。そして恐らく、もうそれは始まっているんじゃないかな。
藤春
一般的なビジネスの考え方なら店を多店舗展開するのが普通でしょうが、私は『EPICURE』をここ以外に作る気は一切ないんです。とても尖ったことをやっているし、お出しする料理にも責任を持っていたい。それに、お客様の何割が低糖質希望で、何割がヴィーガンといった統計を取ることもしています。それを商品開発に生かしているんですよ。
田代
よくわかります。
藤春
ただ、レストランへ来ないと食べられないのでは「選択と継続」に矛盾が生じます。実は店をやる前から、監修している商品も多くあるんです。冷凍総菜、唐揚げ粉、天ぷら粉、アイスクリーム、最近では植物性バターもいいものができました。こういう商品をどんどん作ることで、全国の人たちもしくは全世界の人たちが手に取ってくれるようになったらいいなと思っています。
田代
お話を聞いていて思ったけれど、病院食、それも一般的なイメージじゃないものが手がけられそうですね。
藤春
実はクリニックと提携して冷凍総菜をやらせてもらったことがあります。そこには入院施設がなかったので自宅に送って湯煎してご自身で食べてもらうものでした。患者さんにもアレルギーの方がいて、単純に紙切れ一枚で、これはだめですよ、あれは食べないでっていう指示だけでは困ることが出てきます。そこで、医師と管理栄養士とコックの私という3人が連携することが必要なんです。ところが日本ではまだそういうところが全然できていない。
田代
そこは我々がやろうとしていることにも繋がっていきます。EPSホールディングスはコアな部分では治験なども手がけますが、今は業務の範囲をヘルスケアの領域へ広げようと考えています。
藤春
医療と食というのは、どこかで交わらなきゃいけなくなるだろうと思ってきました。ただ、お互いにそれが大事だとわかっていても今はまだ難しいですね。ほとんどの飲食店がドクターの言うことを理解できないし、多くの様々な患者さんに対応する能力がありません。命にかかわることなので、もっと飲食店側が成長しないと医療にかかわるなんてとんでもないことでしょう。美味しいとか不味いという世界とは違って、重大な責任が生じるので、その覚悟を持てるかどうかです。
田代
私から見れば日本の医療現場にも問題がある。残念なことですが、医療側には患者さんの食に対してはあまり関心がないんです。
藤春
それもあります。ただ医師の方にも「飲食の方に対応できる受け皿がないからやってもしょうがないでしょう」という気持ちがどこかにある気がします。だから医師の方に関心を持ってもらえたときに備えて、まずは飲食店が受け皿を作っておかないといけません。
田代
お互いに意識が変わらないといけませんね。
藤春
腎臓病のお客様がいるからカリウム、ナトリウムを抑えた料理を作って欲しいと言われれば、私たちは対応できます。そういう店や料理人がもっと増えてくれば、患者さんの食事をお願いしたいということが起こりうるかもしれない。私がケアリングフードを発信することで、「将来こういう料理を作りたい」という若い料理人が出てきてくれたら嬉しいのですが・・・。
田代
寝ても覚めても、ケアリングフードのことを四六時中考えてるでしょう(笑)。そういう方って突き詰めていくから、必ずどこかで転換期があって問題をクリアにできるのですよね。
藤春
田代さんから見たら私なんてまだまだ若造だと思いますが、こんなにフランクに話していただけてありがたいですね。食と医療の接点というところで、もし機会があったら一緒に何かを作っていけたら嬉しいですね。
田代
私はマッチングが得意なんですよ。人と人、会社と会社、会社と人とかね、繋げるのが大好き。こうしてご縁が繋がったわけですからここからが始まりですね。
藤春
よろしくお願いします。